カテゴリ:日々の記し-ひびのしるし-( 277 )

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2014年です。
11月から使っている今年の手帳は
服部みれいさんの『SELF CLEANING DIARY-あたらしい自分になる手帖-』。
手帳のカバーをオリジナルで作ってみました。
今年はこんな軽めのタッチ、描き文字もたくさん描いていきたい。



気になる物件があって、見にいったら、
まだリフォーム最中で。
しかも若々しくて穏やかな感じの女子のみなさんが
何人も集まってワークショップでもしているかのようなリフォーム作業。
プラム色のふすまにスモーキーカラーの紙を切って
楽しそうに貼り絵をつけていた。



……という、夢をみました。
初夢です。

貼り絵の図案は観覧車とリボン。
これが、とても可愛らしかった。

この初夢から、いったい今年をどう占ったらよいものか(笑)。
お楽しみの多い一年になりそうな。


今年は私事の都合で、
お仕事関係の方々には賀状にかえて寒中お見舞いをさせていただこうと思っています。
すでにお年賀状を送ってくださった皆さま、お返事が遅くなりますことを
お詫び申し上げます。
目下、準備中でありますのでしばしのお待ちを。

本年もどうぞよろしくお願いします。


いわがみ綾子
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瞬く間に冬らしい寒さになって、
クリスマス、そして2013年ももうすこし。

12月も中旬になってようやく私の体調も日々の予定をこなせるほどに回復して
溜まってしまった家事やら、整理ごとやら、
そして子どものクリスマス会なんかもやって日常が戻ってきた感じです。
...と思ったら2学期終了で冬休み突入。

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そんな日常のなかのクリスマスカラー。
上の写真、先日友人が来てくれて女3人+息子1人のクリスマス会をひらいたときに
持ってきてくれたクールでガーリーなクリスマスケーキ!。
分かりづらいけれど真上から撮ったものです。
細長いムースケーキにホワイトチョコのスペードが。
日常からノーブルな非日常へと一瞬でトリップさせてくれるような
ヴィヴィットな赤に、オトナな女子心のテンションは大いにあがったのでした。


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そして我が家のファミリークリスマスでは
自分でケーキは作りたいという息子が市販のスポンジにデコレーション。
イチゴとブルーベリーの色合わせ、シンプルで素朴。
こちらは日々の暮らしのちいさな楽しみを感じさせてくれるようなビジュアル。

そんなクリスマス気分も終わり、ただいま私の実家に帰省中。
以前はPC環境の無い実家では不自由も多かったけれど、
ノートPCを持って帰って、iphoneのテザリング使ったら普通に作業もできるもんね。
便利だなあ。
最近は旧友の新しい活動のために、サイトやビジュアルづくりを手伝ったりしています。
その点は本職ではないからあれこれ試行錯誤しながら。
でも、お互い夢を応援し合える関係が嬉しいなと思う、年の瀬。

年越しはまた東京の自宅に戻ります。。。
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ブログをご無沙汰してしまいました。
とくに書くことに嫌気がさしたわけでもなく。
遠くへ旅立っていたわけでもなく、
はたまた、ブログに手が回らないほど仕事が忙しかったわけでもなく。

ただなんとなく、調子が良くなくて、ぼんやりとして
過ごしておりました。

ですから、これは二週間ほど前の話ですが。
息子が学校のお芋掘りでサツマイモを持ち帰ってきました。
そこで、その芋でスイートポテトを作ると約束したわけです。
で、約束だけしてなかなか機会のないまま、
体調的にすっかり早寝の生活になっていた私は、ある日、
いやもう、どうしてもそろそろ描かないと間に合わぬ、という
締め切り間近のものに着手しようと、早朝4時にぱっちり目覚めてコソコソ作業をしておりました。
1時間ほどしたところで、早起き息子が「おはよ〜」と。。。
そして、「お腹すいた。」と。。。
何もなかったので、なぜだか「スイートポテトを作る?」と言ってしまった私。

そこで早朝から二人でスイートポテトをつくりつつ、
私はラフも描きつつ、
みたいな夜明け。

でも、
結果、絵作業はあまりはかどらなかったのだけれど、
なんだかうれしくて、満たされた心持ちだったのですね。

自分の好きな絵も描きたいし仕事もしたい。
でも、あたりまえだけれど、子どもの喜ぶ顔も見たいし、きちんと寄り添いたい。
それと早朝の、静かな空気感が、
なんだかいい時間にしてくれたような気がしています。

あれこれ迷いも不調も抱えてはいるのですが、
やっぱり、このペースが今は一番心地よいんだな、と思いました。

早朝スイートポテトは、もう焼くのがめんどくさくなって、
もったりしたペーストのようなもので完成。
おいしかったから、これもよし。
そんな、朝の出来事でありました。
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先月はデザイナーさんに作品を見ていただく機会がたびたびあって。
そういった時間は緊張感もあり、励みになったり、課題を見つけたり、
とてもありがたいものなのです。

デザイナーさんだけでなく、このごろ作品を見ていただいた方に
「手描きですか?デジタルですか?」と聞かれることが以前よりも増えました。
答えは...オール手描きです!
イラストレーションの活動を始めたころからずっと手描きオンリーで、
原画を見たら、どこからどうみても手描きだと思うのですが(笑)
プリントだと、分かりづらいようです。

近頃はデジタル加工の絵もいろいろな風合いが出せますし、
実際に私もこれはどうやって制作してるのだろう?と思うものはとっても多いのです。
奥がすごく深くて、可能性も想像をはるかに超えています
私も描くことには使わずとも、補正やデータ入校に際して、
もうすこししっかりと知識と技術を得なくてはと思いつつ…。必死に必要最低限をなんとか。

いまのところ私の作品制作自体は、全アナログ。
白い水彩紙にアクリルガッシュ、線は主に鉛筆です。
鉛筆の分量によってはジェッソを多用します。
切り貼り?と聞かれることもありますが、今のところ切り貼りもしていません。
背景がマットに塗っていたり、白で透け感のあるマチエールをつけることがあるので
そこが切り貼りやデジタルに見えるのかもしれません。
最近は白背景に鉛筆や色鉛筆メインのものも描いています。
今後はもうすこしいろいろな手法を試してみたいな、と思う今日この頃のつぶやきでした。
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いつのまにか、空も風も秋を感じる今日この頃。

窓全開で風がビュンビュン吹き抜ける部屋が好き。
紙とかいろいろ飛ばされて、床にパラパラと落ちるけれど、
それでもこの気持ちよさはやめられない。

だったら外に出たらいいのに。

ええ。そのとおり。

でも室内での風ふうけいに欠かせないもの、
窓から膨らむカーテン。

これが、たまらないんだな。

子どもの頃、縁側に面した窓から膨らむカーテンに、素早く潜り込んでみたり、
膨らんだ隙間からこぼれる日差しをまぶしく眺めたり。

風のカーテンは波だった。
光あふれる庭と、陰り静寂な室内との、フワフワとキラキラでできた曖昧な境界線。

渚。

おそらく神秘やファンタジーを感じながら、幼い私はただじっと、その渚を見つめていた。

2年ほど前、展示のために
膨らむカーテンの向こうに別の世界があるというストーリーの絵本ラフをつくりました。
お話しづくりは初めてだったので、まだまだなのですが、
息子にだけは好評なのです。
彼もカーテンの波に何かを感じるタイプらしい。
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本をほとんど読み返さない、
したがって蔵書もほとんどないわたくしが、
この夏に押し入れから引っ張りだして読んだもの。

徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』と谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』。

自由すぎる息子の子育てに行き詰まると、トットちゃんと小林先生に会いたくなります。
読み終わるとすっきり。
「つまんない子どもになんてならなくて良し!」と思える、私にとっての育児バイブル。
自由で優しいトットちゃんにたびたび励まされています。

隅から隅まで明るくて、ピカピカで、新品だったり、
一点の曇りもないようなものばかりを美しいというような、開けっぴろげな価値観に、
うんざりすることすら忘れて巻き込まれそうになったとき、
「陰翳」を「礼讃」する言葉にふれると、安心する。
私は陰りも大切にしたいんだ。陰りあっての光なのだ、と。

どちらも心の中の大事な部分を思い出させてくれる書。
弱った時には栄養補給してくれるのです。
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先日入選したギャラリーハウスMAYAさんの装画コンペの作品を搬出してきました。
自分でも、どこが評価されてどこがいまいちなのか、やっぱりよく分からない状態ですが
備忘録も兼ねてアップしてみます。
各作品ともに、物語の装画を想定して描くという課題です。


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課題本、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』。
身分の違いはあれど幼なじみの二人。
絆が強いほどにぶつかり合ったり深く結ばれていたり。
互いの心も魂もガラスのように繊細で傷つきやすく。
具体的なシーンではなく、
そんな二人の関係性をイメージとして表現できたら、と描きました。
イギリス文学によく登場する、一面ヒースの丘、の美しくもの鬱げな雰囲気も取り入れたかった。
ヒースというのは植物でエリカともよばれているもの。
実際にヒースらしきものはほとんど描いていませんが、
美しく、はかなく、といった感じが出ていたらいいなと思います。


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エミール・ゾラの『ナナ』。
この本は課題ではなく自分で選んだものです。
19世紀半ばのパリが舞台の物語。
主人公のナナは若く美しい身体を武器に舞台女優から高級娼婦となり、
次々と虜になった男たちを破滅させていく…って話。
さぞかしお色気ムンムンなのかと思うと、たしかに男から見るとそうなのだろうけれど、
妙に子どもっぽくてまっすぐなところがあって、そのギャップがナナの魅力なのかなと思いました。
そんなナナを下品にならずに色っぽく、子どもっぽく、肖像画のように描いてみたいと思って制作したもの。
こんな肉感的な女性を描くのが好きなので、たのしく描きました。


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課題本、グリム兄弟の『灰かぶり』。
灰かぶりはシンデレラだと思いながら読んでみたら、
グリムの『灰かぶり』はペローのものとは微妙に違っていて、
願いを叶えてお城に送り出してくれるのは魔法使いではなく、
お母さんのお墓近くのハシバミの木にやってくる鳩たち。
靴もガラスでなくて金だったり、エピソードも少しずつちがうのです。
鳩に助けられるシーンが素朴で、母の愛とかも感じられたりして素敵だったので
このシーンをモチーフにしました。



コンペに出したり、評価されたりされなかったり、もありますが
やはり本のイメージで絵を描くことが楽しいなあと思える、今日この頃の備忘録でした。
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新潮社から出版されている海外作品のシリーズ、新潮クレスト・ブックスが創刊15周年だそうです。

私が上京して、装画の仕事にただ憧ればかりを抱いて書店を見てまわっていたころ、
このクレストブックスはまだ数冊のラインナップだったと思いますが、
本の質感といい、背や表紙カバーのデザインといい、上質で、上品で。
美しい本があるんだなあと手に取って、うっとりと眺めていた記憶があります。
そして、外国文学好きだった私は、いつかこんな本の仕事ができたらいいのに、と憧れてみたり。
(このシリーズの作品やデザインに関する思いのようなものはこちらで語られています
http://www.shinchosha.co.jp/crest/about/
ですから、そんな日々から10年ほど経って、クレスト・ブックスのお仕事をさせていただいた時には
なんてラッキーなんだろう、と本当に嬉しかった。
「憧れ」の気持ちは、いくつになっても大切にしようとも思いました。

写真は青山ブックセンター本店。
そんなクレストシリーズがコーナーに美しくまとめられています。
私の担当した『残念な日々』も面出しをしてもらって。
私が通っていたイラストレーション青山塾はこの書店と同フロアにあったので、
広くてアート系の書籍の充実する店内は第二の教室のように、
たくさんのものを時間も忘れて見て感じる場でした。
(もちろん買い物もしました…よ・汗)
そんな場所で、仕事をした書籍が並べられているというのは、これまた嬉しいものですね。

クレスト・ブックス、どれも大人の香りがする海外の作品です。
是非お手に取って、ご覧になってください。
全国200以上の書店でフェアを開催中とのこと。
期間中に無料配布されているブックレットも素敵ですよ。
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夏は子どもの夏休み時間で過ごす、この数年。
今年は幸か不幸か絵の仕事はヒマだったので、気持ち的にもどっぷりがっつり子どもと過ごした猛暑の夏。
学校のプールに行ったりしてくれるというのもありますが
やはり過ごしかたとしては、成長とともに楽しめるようになってきたなと思います。

工作やものづくりが好きな息子と一緒に、
色粘土で人形づくりをしたり、水彩画の練習をさせたり。
これが自分も一緒にやると面白い。意外と苦戦。
色粘土はアクリル絵の具で自在に色が作れるから、幅が広がりそう。
水彩画は息子の練習用に学校と同じぺんてるのを使ったけれど、
今度は透明水彩を使ってみたくなりました。
水彩…ごまかしがきかないから、ドキドキする。それがたまらなかったりして。
これまで絵の具といったらいつも、
肉トレーをパレットにしてアクリル絵の具で大きな紙にしか描いたことのない息子には
はじめてのパレット、はじめての下描き。
アクリルと水彩の使い勝手の違いを感じていたようです、それなりに。

写真は、いなり寿司の「いなりん」。
夫の実家は浜松の先あたりにある、愛知県の豊川。
豊川稲荷という神社があるので、街のキャラクターが「いなりん」。
「豊川いなり寿司の素」のようなものをいただいてきたので、これまた息子と作ってみた次第。

あと1週間で夏休みもおしまい。
息子の宿題はそこそこ順調だけれど、
私が宿題にしていた自分の課題は…手つかずだったりして。
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小学生になった息子の初めての夏休み。
たくさんの宿題といっしょに「歯みがきカレンダー」をもって帰ってきました。
みがいたら、まいにち日付に色を塗っていくという、あれです。
めんどくさそうに、かなり雑な扱いをされている我が家の歯みがきカレンダーですが
私にはカレンダーにまつわる思い出があります。

小学生の頃、私はずっと図書委員か保健委員でした。
図書委員はとにかく図書室が好きだったので、入り浸っていたのだと思いますが、
保健委員はなぜそうなったのかきっかけはわかりません。
授業中に気分の悪くなった人を保健室まで連れて行く、というのが
保健委員の仕事だったりするのですが、私自身がよく貧血かなにかで倒れるので、
結局他の人が私を連れて行くという、迷惑な保健委員でした。

それでも委員を続けるうちに保健の先生とも親しくなり、
あるとき全校生徒に配る歯磨きカレンダーを描くという係を任命されました。
保健の先生はとても絵が達者な方で、
毎月配るカレンダーを先生ご自身が手描きのプリントで作っていらしたのですが
その仕事を私がすることになったわけです。友人と共同作業だったかな?
絵を描くことは好きでしたがプリントづくりは初めてのこと。
1年生から6年生までが対象であること、カレンダーとして見やすい、塗りやすいもの、
楽しく続けられるものにすることや、
季節にあわせて、6月だからあじさいの花びらを塗ってもらおうとか、
秋だからぶどうの粒にしようとか、それなりに工夫をして作った覚えがあります。
そして、毎月自分の作った物が大量に印刷されてみんなの手元に届くことが嬉しかったという記憶。
(出来は、いまとなっては絶対に見たくないと思うほど酷かったのではないかとも思いますが。)

思えば、これが私のイラストレーション的仕事に興味を持った第一歩だったのかも知れません。
だから、1点ものの作品をつくることよりも、デザインされ印刷され、
何かしらの役目を持って多くの方に届く仕事に快感を覚えるのだと思うのです。
いい絵が描けた時も嬉しいけれど、それが印刷されたものを見るのはふるえるほど嬉しい。
これはこのさき私がたくさんの仕事をしていったとしても、きっと同じで
幼いころの経験が覚えている感覚なのでしょう。
おそらく、当時の私はその喜びが多かれ少なかれ学校生活の自信となったり、
充実感につながったのでしょうね。
そう思うと、その保健の先生には今あらためて感謝を申し上げたい気持ちです。
まだまだ精進中ですが、おかげさまで喜びを得ることの出来る仕事に関わり、暮らしています、
どうもありがとうございました、と。
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