原点?

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小学生になった息子の初めての夏休み。
たくさんの宿題といっしょに「歯みがきカレンダー」をもって帰ってきました。
みがいたら、まいにち日付に色を塗っていくという、あれです。
めんどくさそうに、かなり雑な扱いをされている我が家の歯みがきカレンダーですが
私にはカレンダーにまつわる思い出があります。

小学生の頃、私はずっと図書委員か保健委員でした。
図書委員はとにかく図書室が好きだったので、入り浸っていたのだと思いますが、
保健委員はなぜそうなったのかきっかけはわかりません。
授業中に気分の悪くなった人を保健室まで連れて行く、というのが
保健委員の仕事だったりするのですが、私自身がよく貧血かなにかで倒れるので、
結局他の人が私を連れて行くという、迷惑な保健委員でした。

それでも委員を続けるうちに保健の先生とも親しくなり、
あるとき全校生徒に配る歯磨きカレンダーを描くという係を任命されました。
保健の先生はとても絵が達者な方で、
毎月配るカレンダーを先生ご自身が手描きのプリントで作っていらしたのですが
その仕事を私がすることになったわけです。友人と共同作業だったかな?
絵を描くことは好きでしたがプリントづくりは初めてのこと。
1年生から6年生までが対象であること、カレンダーとして見やすい、塗りやすいもの、
楽しく続けられるものにすることや、
季節にあわせて、6月だからあじさいの花びらを塗ってもらおうとか、
秋だからぶどうの粒にしようとか、それなりに工夫をして作った覚えがあります。
そして、毎月自分の作った物が大量に印刷されてみんなの手元に届くことが嬉しかったという記憶。
(出来は、いまとなっては絶対に見たくないと思うほど酷かったのではないかとも思いますが。)

思えば、これが私のイラストレーション的仕事に興味を持った第一歩だったのかも知れません。
だから、1点ものの作品をつくることよりも、デザインされ印刷され、
何かしらの役目を持って多くの方に届く仕事に快感を覚えるのだと思うのです。
いい絵が描けた時も嬉しいけれど、それが印刷されたものを見るのはふるえるほど嬉しい。
これはこのさき私がたくさんの仕事をしていったとしても、きっと同じで
幼いころの経験が覚えている感覚なのでしょう。
おそらく、当時の私はその喜びが多かれ少なかれ学校生活の自信となったり、
充実感につながったのでしょうね。
そう思うと、その保健の先生には今あらためて感謝を申し上げたい気持ちです。
まだまだ精進中ですが、おかげさまで喜びを得ることの出来る仕事に関わり、暮らしています、
どうもありがとうございました、と。
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